病棟の想い出(4)

10年以上前、衝動性の高い広汎性発達障害の男子を担当しているときの話である。
彼は、過去のある事柄を嫌悪感情とともにこだわっていて、それが原因で衝動的逸脱行為が頻発していた。
なかなか関係もとれず、入院治療は行き詰まっていた。
そこで何とか関係を取ろうと、週に数回彼と一緒に病院の敷地内を走る事を提案した。
長期化する閉鎖病棟入院でエネルギーを持て余していた彼は、二つ返事で了解した。

数ヶ月ほどそのような状態を続けた結果、少し関係がとれてきたようにみえたある日のことであった。
病棟レクリエーションで散歩に出た際、彼はスタッフの隙をついてエスケープした。
そしてなぜか、僕の所属する大学構内をうろうろしているところを発見された。

重い無力感を漂わせながら、僕は大学に迎えに行った。
彼に会い、理由を問うた。
「先生を困らせるため」
と彼は答えた。
彼の注目がようやく、過去の出来事ではなく、現在の担当医に向いてきたのだなと確信した。
しかし、医局では同僚に
「あんな遠くまで歩いて行くとは、マラソン療法の成果が出たね」
と、思いっきり皮肉を言われた。